京極夏彦の『猿』を読んだら人間の本質的な怖さについて思い知らされた件
皆さん年末をいかがお過ごしでしょうか?
私はカクヨムコン用に執筆していた『兵庫県北部の某所で発生した狼憑きの事象について』という小説が昨日脱稿したのでメフィスト賞の構想を練っているところです。
メフィスト賞といえば、忘れちゃいけないのが敬愛する京極夏彦先生です。彼はたまたま講談社に『姑獲鳥の夏』という小説の原稿を送りつけたことがきっかけでデビュー、その後森博嗣先生の『すべてがFになる』で「メフィスト賞」というどんな素人でも輝けるモノがあったら即商業デビューできる新人賞が生まれました。
まあ今回のメフィスト賞で発生した珍事はこちらを読んでもらうとして、京極夏彦先生の最新作である『猿』という小説をサルゲッチュしたので感想を書いてきたいと思います。
あらすじ
新型コロナに感染してしまった夫が、ある日突然「猿がいる」と言い出した。その妻である祐美は「猿なんている訳がない」と言うが、同じ頃に弁護士から「曾祖母が亡くなったので遺産相続の手続きをしてほしい」と言われてしまう。
祐美の曾祖母が住んでいたのは岡山県にある祢山地区という限界集落であり、彼女は渋々東京から岡山へと向かった。
しかし、祐美は現地の古びたホテルに宿泊した際に「見てはいけないモノ」を見てしまう。それはまさしく「猿」そのものだった。
「猿」を見た翌日、祐美は祢山地区へと向かい、曾祖母の遺産相続の手続きを行おうとするのだが……。
ざっくり感想
368ページと京極夏彦の割には薄いですが、読み応えは十分ありました。
まず目を引くのが「スクリーントーン調の表紙」ですが、この表紙を遠くから見ると猿の絵が浮かび上がって来ます。
そして本文は17行×38文字で上に大きな余白があるという単行本としては異質なレイアウト。実はこのレイアウトに秘密が隠されており、「ページをめくる度に文字が大きくなる」という錯覚が施されております。多分京極先生の遊び心でしょう。
異質なレイアウトの先に見える「恐怖」は、まさしく人間の闇を深くえぐり取っているんだと思います。
ここからは個人的な話になりますが、この小説を読んでいる時に京極先生のライフワークである『百鬼夜行シリーズ』の第6作である『塗仏の宴』という小説を思い出していました。この小説も、「消えたはずの小さな村」を題材としており、なんとなく本作と『塗仏~』の間につながりを見出していました。ちなみに本作は京極夏彦では珍しくノンシリーズ小説なので特に他の小説とつながりはなかったりします。
最近問題になっている「限界集落」。そして、限界集落に移住せざるを得なかった人間の心のなかにある闇。その闇の深淵を覗いたとき、深淵側もこちらを覗いているんだなと思いました。京極夏彦入門編としてオススメの一冊かもしれません。
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